あまりにもスラスラと原稿を書き進めている自分に驚いたことがある。
行き詰まりも滞りも迷いもなく、水源地から河口へと突き進む川の水のように、最初から最後まで一気に書けたのだ。
呼吸のように自然で、もはや「原稿を書いている」という意識はなかった。
オレは自動的に画面に流れ出る文字を目で追い、間違いがないかを確かめているだけ。
他人事のような不思議な感覚だった。
原稿の出来不出来はともかくとして、あまりにスムーズに書いてしまったことに、「ああ、オレは原稿書きが向いてるんだなあ」と思った。
うぬぼれ・・・じゃないと思う。
どうだろう。
分かんないな。
でも、いつ仕事が枯渇してもおかしくないフリーランスという弱っちい立場で20年以上仕事をさせてもらっているし、極めてまれに原稿をほめてもらえることもあるし、まぁ総じて向いていると言えるのではないか。
翻って、カワハギ釣りである。
明らかに、剥いていない。
え?誤字?いやいや、剥けないんですよ、アサリ。全然。
貝殻が割れてしまったり、開いたと思ったら身をグズグズにしてしまったりと、まるで思いどおりにならない。
ときは12月3日、横須賀は久比里の山下丸の船着き場で、オレと蒼一郎は黙々とアサリの殻を剥いていた。
いやだから正確には剥けていなかった。
事前に山下丸三姉妹の坂本圭子さんがお手本を見せてくれたのだが、チャッ(アサリをタルから拾い上げている音)、スッ(殻の間にナイフを差し込んでいる音)、パカッ(殻が開いた音)、クリッ(身を殻から剥がしている音)、ポトッ(身をタッパに落としている音)と、淀みがなくて美しい。
技を習得した10本の指先には、10の脳がある。
何かを上達するためには、それを延々と繰り返すことによって習熟する必要がある。
どんなことでも、だ。
やがて頭を使う前に体が動くようになる。
脳からの指令を待たずして、指先が自己判断で作業をこなすのだ。
アサリはひとつとして同じじゃない。
形も、殻を閉じる強さも違うから、そのつどの対応が必要だ。
習熟した人は、指先が勝手に反応し、最適な角度や力加減に微調整する。
指に独立した脳ができるようなものだ。
だから、会話しながらでも、よそ見しながらでも、チャスパカクリポトが流れるように続けられる。
まさに手の技である。
「じゃ、頑張ってみてね」
チャッとアサリを拾い上げることはできる。
でもスッと殻にアサリ剥きを差し込めない。
ゴリゴリやっているうちにバキッと殻が割れてしまう。
身もうまく剥はがせず、ビロ~ンと情けない姿になっている。
船宿の皆さんはこんな難しい作業を、やすやすとこなしているのか──。
技を習得した皆さんの10本の指先には、10の脳がある。
本当にすごい。
器用な蒼一郎もさすがに手こずっている。
だが、一度うまく剥けると、その成功体験を足がかりにして、次は確実に進歩している。
その次は失敗だ。
そのまた次は、うまく剥く。
失敗と成功を繰り返しながら、精度を上げていく。
自分なりの工夫が小さな成功を呼び、その積み重ねが失敗を減らしていく。
少しずつ、少しずつ。
こういう丹念さは彼の美点だ。
そして完全に集中している。
「そろそろ乗船せよ」
沖藤編集長が厳かに申しつけなければ、蒼一郎は延々アサリを剥き続けていただろう。
剥いているのだ。
違った。
向いているのだ。
世界GPも久比里のチャスパカクリポトも、等しくカッコいい。
だれにだって向いているものがある。
そしてだれにだって向いていないものがある。
でも不向きを悔やむ必要はない。
向きと不向きが補い合うことで、世の中を豊かにしているのだ。
オレはたぶん原稿書きが向いている。
蒼一郎は釣りにまつわるすべてに向いているし、若い分、今後さらに向いているものを見つける可能性を持っている。
今回は、友人の原田哲也さんも遊びにきてくれた。
彼は1993年、バイクレースの世界最高峰、世界グランプリ250CCクラスでチャンピオンになった男だ。
彼などはまさに、自分に向いているもの──バイクに乗ること──を見つけ、その道を究め、世界の頂点にまで上り詰めた。
一緒にサーキットを走る機会があったが、無駄も無理もない流れるようなライディングは、まさに熟練のアサリ剥きと同じで惚れ惚れとしてしまった。
アサリ剥きも世界グランプリライダーの走りも、まったく同等に尊い。
各国の多くの人々の注目を集め巨額が動く華々しいレースの世界も、久比里の船宿で繰り広げられるチャスパカクリポトも、等しくカッコいい。
向いていることを、向いている人が確信を持って取り組む行為は、分け隔てなく周りを惹きつける。
「いいか、今回はアサリ剥きをやってもらうから、ちょっと早めに山下丸に到着するように」
沖藤編集長は事前にそう厳命した。
オレはゲーと思った。
自分には向いていないことが分かっていたからだ。
おぼつかない手つきでアサリを剥き、ビロ~ンと情けない剥き身を持って船に乗ると、沖藤編集長がやけにうれしそうに、「ねえねえ、どうだった?」と聞いてきた。
「どうもこうも・・・」
「でもさ、ゴーさんならアサリ剥きで半分ぐらい書いちゃうでしょ?もしかしたら全編いっちゃう?
グヘヘヘヘ」
ああ・・・!
今まさにこの原稿は、すでに全体量の半分を超えている。
つまり沖藤編集長はこうなることを予言していたわけだ。
オレにネタを投下し、オレはバックリと食いついた。
書いているつもりだったのに、書かされていたのだ。
編集の仕事に向いている男の手腕は、やはり鮮やかなのだった。
そのころ、船の上では原田さんが待っていたのだった。
出典:
蒼一郎とおれ「ら」はひどい差だと、世界チャンピオンは言った
カワハギは、いつ、どこでもカワハギである。
オレを制御する沖藤編集長のような鮮やかさで、ハリ先からアサリをかすめ取っていく。
アタリを感知できず、まれに感知できたとしても、ハリ掛かりなど遠い世界の話だ。
原田さんは、今夏から沖釣りを始めた。
内房でのライトアジとライト落とし込み、外房での一つテンヤを経験し、着実に腕を上げているが、カワハギにはさすがに苦戦していた。
久里浜沖から、竹岡沖へと山下丸は移動する。
右ミヨシに立つ蒼一郎は、ポツリポツリとカワハギを釣っている。
原田さんとオレがシーンと沈黙している間にも、ポツリ、ポツリ。
これが差を広げていく。
気付けば蒼一郎は9枚、原田さんとオレはそれぞれ2枚。
実釣の雰囲気としては数以上の開きがあった。
カワハギぐらいテクニカルな釣りになると、腕の差が明確に表れる。
蒼一郎のカワハギ釣りはこれで4回目だが、なぜか上達している。
色んな釣り経験で得た知見が、自然と彼を正しい釣り方に導いているのだ。
いつも歯切れのいい釣りをしている彼にしては、誘い方がていねいだ。
使っていたのがシマノ・ステファーノのHHHという超硬い竿だったから、それに対応していたのだろう。
なんとなくマネしてみても、竿の違いもあってかうまくいかない。
こうじゃない、ああでもないと試行錯誤しているうちに、なにがなんだか分からなくなっていく。
ドツボにハマる、とはこのことだ。
とりあえずはなんとなく2枚釣っていたし、蒼一郎もそれなりの数を釣っているから、取材成立だ。
でも、全然面白くない。
コレ、という釣り方を見つけられないままさまよい続けているのは、どうにも落ち着かない。
目の前の竿先ばかり見ていて、周りを見る余裕がない。
・・・ハッ。
それだ。
オレはまったく周りを見ていなかった。
海中にいて見えないカワハギのことばかり意識していたのだ。
そうじゃない。
カワハギを釣りたければ、まず自分の目でしっかりと見える指標を探すべきだったのだ。
それはつまり、釣っている人の誘いである。
オレの目はやっと周辺サーチを開始した。
ピーピピーピー。
イロンナ釣リ方ヲシテイル人ガイマス。
底でたたいている人、宙でたたいて誘い下げる人、大きくゆっくりシャクる人・・・。
だれだ?だれが正解なんだ?分からない。
だれもがそれなりで、バッタバッタとカワハギをやっつけている人は見つけられなかった。
それなら、オレが勝手に指導者を決めてしまえばいい。
オレがイイと思える人。
信じられるメンター。
そう思ったとき、ひとりの男が目についた。
オレの右3席目に釣り座を構えるその人は、腰を反らせ気味のスタイルが決まっていた。
誘いは確信に満ち、すべての動きに淀みがなく、着実に同じ動作を繰り返していた。
自信を持って釣りに臨んでいる姿は、カッコよかった。
着底したらゆっくりと頭上まで竿先を掲げる。
そこでタタキの動作を入れ、1,2,3と途中でポーズを入れながら竿先を下げ、ゆっくり着底させる。
着底したら、少し間を空けてから軽く底を小づく。
そして今度は50cmほど竿先を上げる。
もう一度ゆっくりと落とし込んで着底させ、間を空けて、軽く小づく。
これを2,3度繰り返したら、アタリがなくても巻き上げて、エサをチェックする。
この繰り返しだ。
理屈はまったく分からないが、とにかくカッコよかったからそれでいいのだ。
さっそくマネをしてみた。
・・・と、それまでエサさえ取られなかったのに、突如としてすべてのエサが取られるようになった。
いわゆるツルテン状態で上がってくる3本のハリ。
コレだ!正解発見!
・・・したのは、沖揚がり30分前でした。
エサ付けにもたつくオレは、腰反らせ釣法を数回しかできず、そのほとんどすべてがツルテンに終わった。
遅かった・・・。
「じゃあこのあたりで仕舞っていきましょうか」
午後2時半、船長のアナウンスが無情に響いたとき、蒼一郎がツ抜けとなる10枚目を掛けた。
またしてもこの男、最後の最後にドラマを起こすの・・・かと思ったが、惜しくも海面でバラしてしまった。
「いや~、蒼一郎、釣るねえ」港に戻ると原田さんが言った。
「見ててカッコいいんだよね。おれらがオタオタしてる間に、サッサとスマートに釣ってるじゃない。ひどい差だよ」と笑う。
沖釣り歴9回目の原田さんが、オトナになってからの沖釣り歴7年になるオレをまとめて「おれら」と称するのが、あまりにも正確でおかしかった。
向き不向き・・・。
ミヨシ寄りが苦戦する朝イチの久里浜沖、トモ寄りでは・・・。
出典:
こうしている間にもエサは取られているのだった。
出典:
少ないチャンスをものにする息子と、逃す父。
出典:
(左)モナコに帰る前にまた来たい・・・とチャンプは言った。(右)この時点で蒼一郎にタコ飯を作ってもらおうと思っている父。
出典:
いや、マジでおれだけ釣れないのかなあって思った。by高橋剛。
出典:
蒼一郎の手記『カワハギ攻略法はこちら。』
朝イチは久里浜沖の浅場から。
根が荒く、エサ取りが多いので早い動きから宙の釣りも試してみましたが、不発でした。
次は30m前後、砂底がメインで、たまに根があるようでした。
エサ取りは少ないので、底を重点的に狙います。
着底したらゼロテンにして、アタリがなければ誘い上げからの誘い下げで探ります。
反応がないので、次は底を小づいてゼロテンにしていると、竿をたたくようなアタリでようやく1枚目をキャッチ。
アタリが遠のいてからは、誘い上げて幅広く探り、カワハギにより強くアピールします。
誘うときは誘って、止めるときは止める、と、メリハリを付けるほうがアタリが出るようでした。
少しエサ取りが出てきたら軽くキャストし、早いペースのカーブフォールで誘うと、ポツポツとカワハギが掛かります。
終盤は根が荒いポイントで、着底したらゼロテン、しばらくしたら細かく誘い上げ、で、コココッと持っていくのがカワハギでした。
船下に仕掛けが流れるときは、前方に軽く投げて横の釣りを意識しますが、エサが底を這うかたちになるので、エサ取りにやられてしまいます。
そこで、エサ取りが追えないぐらいのスピードで動かすと、カワハギを拾うことができました。
思っている以上に早く仕掛けを動かしてもカワハギが追いかけてくるのには驚きました。
そして最後の1投。
仕掛けを縦に動かしていると速攻でエサを取られるので、投げて2mぐらい動かしてゼロテン・・・コココンッ、最後の最後に10枚目きた!
そして海面バラシ・・・。
久しぶりのカワハギ釣りでしたが、合わせるタイミングも奥深くて、やっぱり楽しいです。
今年はBBからステファーノ攻のHHHにステップアップしました。
出典:
(左)釣行前にそろえたアイテムはこれでも一部。げに恐ろしやカワハギの魔力・・・。(右上)巻き込み防止のストッパーも入念に自作・・・したのは蒼一郎。(右下)縦と横、速度、タナ、この組み合わせで探るのが、楽しい!
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(左)肝じょう油でいただく刺身はマジ絶品!各国でおいしいものを食し、舌の肥えた世界のハラダもリピ決定のうまさです。(右)タコ飯うめえぇぇぇぇ!モチ米も効いてて即完売!
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エサ取りを感知することすらできない場合、どうすれば?By父
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