ポテトチップスの袋を開けてみよう。
最近のポテチ袋は密閉性を高めるためか、なかなか開けづらい。
「開けにくい場合はタテ方向にお開けください」などと記載されている場合もある。
そこを頑張って、通常の横方向に開けてみよう。
グ、ギ、ギと力を入れ、力を入れて・・・、入れすぎると、バーンッ!袋は裂け、ポテチが弾け飛ぶ。
あわれ、あちこちに飛び散ったポテチ。
ああ、あああ・・・。
そうならないよう、開く方向にグ、ギ、ギと力を入れつつも、精密にして繊細、微妙にして精細なコントロールが必要だ。
力任せにガーッと開けようとするだけでは失敗する。
開け方向とは反対のベクトル、閉じ方向にも力を入れる。
ポテチ袋開封、奥深し・・・。
というようなことを、初挑戦となる東京湾でのヒガンフグ(通称アカメ)を釣りながら、オレは考えていた。
珍しく、蒼一郎が苦戦している。
目次の最後に掲載されている「蒼一郎の今日の一言」を見てやってほしい。
「過去一番テクニカル」センスのカタマリのような彼が、カコイチと言うのである。
一つテンヤマダイ、ティップラン、スミイカ、カワハギなどなど、繊細系の釣りをことごとく制覇してきた彼が──。
悩める蒼一郎の隣で、オレはポツリポツリとではあったが、ヒガンフグを釣り上げ、蒼一郎との差をじわじわと広げた。
なんだ?いったいなにが起きてるんだ?不器用な父が器用な息子を超えることなど、あってはならないのに。
教わったとおりにできないのが沖釣り二等兵の通常運転である。
12月8日、早朝5時。
前日は雪が舞うほどの寒さだったが、この日は少し寒気がゆるんでいた。
予報は晴れ。
日曜日ということもあって、金沢八景の野毛屋の前にはズラリと釣り客のクルマが並んでいる。
スバル・サンバーで颯爽と現場に到着したオレは、いつも以上に緊張していた。
つり情報軍の沖藤武彦沖釣り少佐から、こんな伝令が届いていたからだ。
「わが軍の目標はヒガンフグを1尾確保することであるッ!」
「根掛かりとの戦いであるッ!」
「竿は絶対に船長が作ったオリジナルロッドを借りるのだッ!」
伝令着信と同時に情報たっぷりの野毛屋ウェブサイトを覗くと、フグの釣果はバラつきこそあるものの、多いときで10尾以上を釣っている人がいるようだ。
あ、あれ?だがよく見れば、たいてい「0~」と真っ正直に記載されている。
永遠の沖釣り二等兵であるオレに突きつけられているのは、オデコの可能性ありという厳しい現実。
「30~」など勇ましいことが書いてあるアジとはかなり様相が異なるようだ。
うーむ、ターゲットは1尾、そして根掛かりとの戦い。
これは手強そうだ。
しかも野毛屋の黒川健太郎船長が開発したオリジナルロッド(現在は販売していない。野毛屋ではレンタル可能)を使うように、との指示。
我われ親子が挑む釣りでは、たいてい「竿?好きなのを持っておいでよ」とのたまう沖藤少佐が、ガチなのである。
うーむ、うーむ・・・。
と、困っているオレに救いの手を差し伸べてくれるのは、健太郎船長だ。
出船前、親切丁寧にエサであるアルゼンチンアカエビの付け方や釣り方、根掛かりの外し方を教えてくれた。
いやもちろんオレにだけではない。
当日は12歳の三浦大和くんや「船釣りが初めて」というヤング2名を含め、ビギナーと言っても差し支えない方たちが多数いた。
さんざん沖藤少佐に脅されたオレからすれば、初の船釣りにヒガンフグを選ぶとは、玉砕覚悟のチャレンジャーとしか思えないが、健太郎船長の教えを聞いているうちになんとかなるような気もしてくる。
気、だけは。
午前7時20分に出港し、港の出口、水深12m前後のポイントでいきなり根掛かり。
「指で道糸のPEをつまんで、クッと引っ張ってパッと緩める。これを繰り返せばたいてい外れるから」とは健太郎船長の教えだが、うまくできない。
しかも道糸のPEを指でこすってしまったらしく、高切れ・・・。
教わっても、教わったとおりにできない。
これぞ沖釣り二等兵の通常運転である。
うーむ、うーむ。
脳裏にチラつくのは「0~」の文字だ。
(左)いきなり高切れ。はあ~。(右)朝イチ、ミヨシでカッコよく釣る瀧澤さん。大佐と呼ばせていただきます。
出典:
愛用のノットアシスト2.0でFGノットを組みながら、少しずつ気持ちが落ち着いていく。
あわてんな。
なるようにしかならねえから。
オレの心の声である。
船中では最初のポイントから幸先よろしくヒガンフグが上がっている。
沖釣り曹長の蒼一郎も、間もなく釣ってくれるだろう。
そして取材成立、チャンチャンである。
他力&息子力本願のオレの情けなさを打破したのは、なんてこった、オレその人であった。
(左上)きた・・・のか! ?きちゃった・・・のか!!(左下)三浦大和くんも父の勉さんも湾フグ初挑戦でゲット。(真ん中)エサも取られない・・・と言っているとナニモノかに取られる。(右)釣り始めて間もなく1尾目を釣り上げた剛二等兵。
出典:
「この機にゼロテンをマスターせよ」と沖藤少佐は言い放った。
12月8日8時25分の出来事を、オレは忘れないだろう。
蒼一郎曹長に先んじて、二等兵のオレがヒガンフグを釣ってしまったのである。
健太郎船長直伝のヒガンフグの釣り方はこうだ。
竿先は目線の高さに。
着底したら3秒待ち、30cmほどスッと軽くシャクる(誘い上げる)。
そしてゆっくりと落とし込み、再び着底させる。
3秒待つ、スッとシャクる。
この繰り返しである。
「軽くシャクってるうちに勝手に掛かることが多いよ。アタリがあったときは、大合わせをしない。軽く竿先を上げるぐらいでいいから」
最初はどうも感覚が分からない。
見るに見かねた沖藤少佐に、「この機にゼロテンをマスターせよ」と命じられた。
キターーッ、ゼロテン!つり情報を読んでると当たり前のように出てくるゼロテン!なんなのゼロテン!!
沖藤少佐の説明によると、ゼロテンとは、オモリを底に置いたら糸を張らず緩ませず、オモリの位置を変えることなく糸をできるだけ真っすぐに保つこと、のようだ。
実際には波があり、多少は船も動くので、非常に難しい。
船が波で持ち上がれば竿先を下に、船が下がれば竿先を上に、船が左なら竿先は右に、船が右なら竿先は左にと、繊細にコントロールしなければならないのだ。
お、も、し、れ、え!
ポテチの袋を開けるようなもんじゃん!グ、ギ、ギと袋を開ける方向に力を入れつつ、閉じる方向にも力を入れる。
そうやって相殺する感じは、どうでしょう、柔道をやってるようなフィーリングでしょうか。
プラスにはマイナスを、マイナスにはプラスを、ライトにはレフトを、レフトにはライトをと、力を逃がす。
力をいなす。
文字どおりのゼロ、中立をめざす。
平和主義のオレにピッタリではないか。
オレはすっかりヒガンフグのことを忘れていた。
きっと蒼一郎曹長が釣るからと安心しきって、ゼロテン状態を作り出すことに熱中集中無我夢中になった。
そして8時25分、誘い上げからゆっくりと落とし込み、着底する寸前のところでモニョモニョとかすかなアタリがあった。
健太郎船長の教えどおり強い合わせはガマンし、通常の誘い上げ程度で魚の重みを感じてから巻き合わせをした。
つ、釣れた!悲願のヒガンフグが釣れてしまった!どうしよう。
いやどうしようもない。
釣れてしまったのだ。
ゼロテンが功を奏したのか、それともミヨシでバシバシと釣っている大ベテラン、瀧澤大佐の見よう見まねでゆっく~りと落とし込むことがよかったのか、オレには分からない。
でも、悲願のヒガンフグを釣り上げて、なにかピシッと感じるものがあった。
この釣り、めっちゃくちゃ繊細だ。
正直なところほかの釣りではここまで意識したことはなかったが、センチ単位、いやヘタするとミリ単位の変化が効くようなのだ。
それは、ガサツでだらしなく部屋の片付けができず原稿の〆切を守らず脱いだものをそのまま散らかしっぱなしで終始カミさんの逆鱗に触れているオレの中にある、だれも知らない繊細さを刺激した。
よっしゃ、こうなったら徹底的に繊細だ。ポテチ袋を開けまくってやる!
悲願の1尾を釣り、取材成立を成し遂げたことで気持ちに余裕ができたオレは、自分の繊細さを存分に解き放つことにした。
(左)しなやかで敏感、でも、穂持から胴はしっかり。繊細なコントロールを要求される湾フグは専用竿に勝るものなし。(右)やったなオレっ!
出典:
タカハシゴーの船釣りあるある東京湾奥フグ釣り編
「釣れる予感」剛作。朝日とモノレールが邪魔し合わない位置関係に留意しました(作者/談)
出典:
(上)ウチムラサキガイの貝殻が定番。タコガイとも呼ばれるよ。(真ん中)松田優作風に・・・。(下)蒼一郎の、ホタテ。
出典:
(上)瀧澤大佐が巻き貝を釣り上げた。(真ん中)よ~く見ると~!!!マダコでした!(下)なんで細くなるの?使っていいの? と迷う。
出典:
そのときオレは精進湖に浮かぶヘラ師になっていた。
まずはシャクリ上げ(誘い上げ)の幅だ。
ミヨシの瀧澤大佐の釣り方を参考にしながら、50cm程度から45cm、40、35、30と5cm単位でコントロールした(イメージ)。
アタリがあるのは、30cm前後のときばかりだった。
よっしゃ。
これで誘い上げ幅を決めたら、次は落とし込みスピードだ。
ちょーっとだけ早くしてみる。
アタリが遠のく。
ちょーっとだけ遅くしてみる。
アタリが出る。
念のためさらに遅くしてみる。
アタリ遠のく。
そうやって、シャクリ幅と落とし込みスピードを決め、ゼロテン時間を決め・・・と超繊細な微調整を繰り返しているうちに、おおっ、ゴシゴシ(目をこすっている)、東京湾が精進湖に見えてきたではないか。
波も風もない静かな湖面に浮かぶのは、めちゃくちゃ細いヘラウキだ。
目盛りを見据えて、エサのバラケ度合いやヘラブナの寄り具合を見極めるヘラ師に、オレはなっていた(あくまでもイメージです)。
でも、そう妄想しながら精密にして繊細、微妙にして精細な調整を繰り返し、オレ二等兵は9時45分、10時20分、11時10分、13時19分、13時58分と5尾の悲願フグじゃなかったヒガンフグを追加したのである。
スゴイことだ。
上官である蒼一郎曹長が10時5分と11時10分に釣った2尾だけだったこと、そしてベテラン瀧澤大佐が中盤以降失速して8尾に留まったことを考えれば、二等兵のオレが計6尾とは超上出来と言わざるを得ない。
ポテチ袋的ゼロテン釣法炸裂である。
14時43分、サメを掛けてブッツリと高切れしたのと同時に、気持ちも切れた。
「とりあえず1尾」だった悲願のヒガンフグが6尾も釣れば十分すぎる。
残り時間もわずかだ。
オレは蒼一郎の釣りを観察することにした。
蒼一郎曹長は、若かった。
彼なりに工夫と調整をしていたが、ヘラ師と化しているオレの目にはシャクリ幅が大きく、落とし込みのスピードも早いように見えた。
少なくともこの日のヒガンフグにフィットするやり方ではなかったようだ。
いや、いいんだ。
彼は11月末で16歳になったばかりだ。
あまり小さくまとまられても困る。
ダーンとシャクり、ズーンと落として、それでも2尾を釣っているのだから十分だ。
ただ、ぐっへっへ、勝っちゃったもんね~!まさかこの世に蒼一郎に勝てる釣りがあるとは思わなかったし、再戦したら負けるに決まっているのだが、ちょっと気分がいい。
・・・分かってるよ、最初の1尾がたまたまハマッたから調子づいただけだってことぐらい。
腕が上がったなんて思ってない。
だけど今日ぐらい、気持ちよくポテトチップス食いたいじゃん。
ガサガサッ、バーンッ!飛び散った!!
エサが細くなったのはシロギスのせい?違うか。(右)勝っちゃった!
出典:
蒼一郎のためになる手記『東京湾奥で迷子になった一日』
朝イチ、港前の沖堤防があるポイントでポツポツ釣れているけど、僕はエサも取られずアタリなし。
少し沖目の水深20~30m前後に移動。
前の場所では着底して3秒待ってから空合わせをしましたが、エサが取られなかったので長めに、6秒待つことにしました。
釣れてる人のマネをしてるつもりなのに、僕はエサも取られない・・・。
これは手強い。
移動を繰り返します。
どうも空合わせの早い動きを嫌っているように思えたので、軽い聞き合わせにしてみるも・・・アタリがきません。
そうこうしていると、チャンスタイムになったのか、アタリが出始めました。
そしてオモリを底に置いて数秒待ってからの空合わせでついに小ぶりながら本命のヒガンフグを釣り上げ、ひと安心です。
でも、チャンスタイムではどんな誘い方でもアタリがあったので、それ以外のときの釣り方を知りたい・・・。
釣れ続ける人はシブいときもポツポツ釣っています。
かなり長くゼロテンで待ってから空合わせをしているようなので、マネをしてみますが・・・エサを取られません。
でも、粘り強く底に置く時間を長めしてみると、ゼロテンのときに「カサカサッ!」。
合わせてみると、さっきとは違ってそこそこの重量感。
ふた回りぐらい大きいヒガンフグでした。
「この感じか!」と分かったので、底に置く時間を長めにしてみますが・・・またも反応なし。
釣れる人はある程度決まっているから、釣り方の差でしょう。
底に10秒置いてみたり、逆に早めてみてもアタらず、完全に迷子になってしまいました。
難しい・・・。
とにかくテクニカルな釣りでした。
釣れたけど、とにかく迷って色いろ試した一日でした。
出典:
(左)ヒガンフグは寝かせるとおいしい、ということで、吸水耐湿紙グリーンパーチペーパーを購入。(真ん中・右)じゃーん!1週間寝かせたヒガンフグの刺身。フグは高橋家でも 「食べたいから釣る魚」の代表選手。もっちりとして噛むほどに甘味が広がり、こ・・・これはうまい!
出典:
字の細さが苦戦ぶりを見事に表現しています。16歳の蒼一郎にはかなり繊細だった! ?
出典:
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【隔週刊つり情報(2020年1月15日号)※無断複製・転載禁止】