静寂が一瞬にして打ち破られる。
引き絞られる竿、鳴り響くドラグ音。
血が沸き立ち、鼓動が高鳴る。
魚が食ってきたときのあの興奮は、我われアマチュアでも、吉岡進さん──ヨッシーのようなプロでも変わらない。
竿を持てばだれにでも訪れるドラマ。
ヨッシーの本誌取材釣行の中から、誌面の裏側にあった選りすぐりの3つのエピソードをご紹介!
【Profile】吉岡進(よしおかすすむ)
「ヨッシー」の愛称で人気のジャッカル・ソルトプロスタッフ。
クレハインストラクター。
沖釣りをメインに日本狭しと走り回り、ルアー、テンヤと幅広い釣りを楽しんでいる。
【Episode I】茨城県鹿島のマダイ(2016年1月)一つテンヤ研究所より
2016年1月17日。
茨城・鹿島は安重丸での2投目だった。
穂先に出た小さなアタリを、ヨッシーは見逃さなかった。
ベラかもしれない、と思いながら、ビシッ!瞬間的に合わせをくれる。
ズンッ!竿が動かない。
ベラじゃない。
もちろん根掛かりでもない。
デカい・・・。
さすがのヨッシーも、自分の顔が強ばるのを感じた。
大ダイの到来は、いきなりだった。
3日前、ヨッシーは同じ安重丸の船上にいた。
ソイやハナダイなど多彩なゲストが顔を出す。
しかし、肝心なマダイが食ってこない。
船内で2枚上がったが、ヨッシーには掛からなかった。
「マダイ以外は釣れたからね。魚が口を使ってたのは確かだから、何かが間違っていたとは思わない。ただ、マダイがそこにいなかっただけかな・・・。ここがマダイ釣りの難しさなんだ。連日釣れているという情報を聞いて出かけても、いきなり釣れなかったりする。海に出るまで分からないんだよ」
本命が釣れなければ記事は成り立たない。
再取材日として設定されたのが、3日後の1月17日だった。
底から5m付近でハナダイが釣れた。
魚が浮いていると見たヨッシーは、5mまでテンヤを巻き上げ、落とし込むことで誘いをかけた。
ユラリ。
大ダイが魚体を翻し、テンヤに付いたエビを追う。
テンヤで底を何度かたたき、ラインを張る。
テンヤが底に置かれた状態で待つ。
たまらずエビをついばんだ瞬間に、ヨッシーの合わせが決まったのだった。
竿が動かない。
ドラグはやや強めの設定だ。糸も出ない。
「間違いなく大ダイだ・・・!」
突っ込もうとする。
ドラグを半回転だけ緩めると、ラインが出ていく。
スピードはないが、すごいトルクだ。
ジッ、ジー・・・。
ヨッシーは安重敏和船長に「ここ、魚礁ありますか?」と聞く。
そろそろ魚礁に差しかかりそうなポイントで、根ズレによるラインブレイクを恐れてのことだった。
「まだないよ」という答えが返ってくる。
よし、それなら走らせても大丈夫だ──。
大ダイの強大なトルクが、ラインを引き出していくが、慌てる必要はなさそうだ。
止まっては走り、走っては止まるを繰り返す大ダイ。
魚礁がないとはいえ、緊張の攻防だ。
カメラを構える編集担当者の内山記者(以下ウッチー)も、いつもならヤリトリ中に「右向いて」「左向いて」などとポーズの指示を出すのだが、このときばかりは何も言えずにいた。
海も荒れている。
ヨッシーはテンションが余計にかかったり抜けたりしないよう、ポンピングせずにゆっくりリールを巻く。
「絶対に獲る!」
ヨッシーの頭の中にあったのは、その言葉だけだった。
「『バレるかも』とか『ラインブレイクするかも』と思っていると、本当にそうなることが多いからね。絶対に獲るんだ、としか思わないようにしてた」
一進一退を繰り返しながら、徐々に大ダイが近付いてくる。
だいぶ弱っているようだ。
だが、船が上下左右に振られ、船下にもぐられる形になってしまう。
ラインが船底に当たらないよう竿を海面へ突っ込んでかわす。
と・・・。
「ボコン!」と大ダイが浮かんだ。
安重丸が歓声に沸く。
ネットインの瞬間、ヨッシーは「鹿島、最高~!」と叫んだ。
こんな大ダイが泳いでいる鹿島の海が、本当に素晴らしいフィールドだと思えた。
計測の結果は9.1㎏、全長89㎝。
それまでの自己記録、外房大原での8㎏を大きく上回った。
ウッチーと「やっちまったよ~!」とハグした。
「釣りにおいて『運』とか『持ってる』とかっていうのは好きじゃないんだ。技術あってのものだと思うから。でも一つテンヤマダイで大ダイを釣ることに関しては、運というか、巡り合わせはすごく大きな要素だ。釣り方によってサイズが変わることはないからね。チャリコも大ダイも、アタリは同じようなもの。ビシッと合わせたときに手応えを感じるまで、サイズは分からないんだ。逆に言えば、ビギナーの方にいきなり大ダイが掛かる可能性もある。夢のある釣りだよね」
9.1㎏を上げたヨッシーだったが、まだ何か気配を感じていた。
取材から1週間もたたずして、プライベートで再び鹿島の海を訪れた。
そして今度は、10.6㎏・・・。
瞬く間に自己記録を更新してしまった。
「まだ9.1㎏の掲載号が発売される前だったからね、ウッチーには『マジかよ~』と苦笑いされたよ。このときはさすがに『オレ、運いいな』『持ってるかもな』と思っちゃった(笑)」
「一つテンヤマダイで大ダイを釣ることに関しては、巡り合わせはすごく大きな要素だ」
出典:
【茨城県マダイ船】人気ランキング
【Episode II 相模湾のサワラ】(2018年2月)ヨッシー&ノブのライトタックルゲームの進!より
「めっちゃ悔しかった!」
体調不良で取材をキャンセルしたのは初めてのことだった。
ヨッシーにとって釣りは仕事だ。
そして当時の連載「ライトゲームの進」は、その名のとおりヨッシーが主役である。
主役が休んでしまっては、周りに迷惑をかけるのは必至だ。
ちょっと風邪程度の不調なら、薬を飲んで多少の無理を押してでも釣行していた。
だが。
2018年2月21日の朝はどうしても無理だった。
「あまりにも熱が高くて、体もあちこち痛くて、つらすぎた。これはムリだと、当日の朝になって担当ライターの竹田ノブさんに電話したんだ」
ターゲットは、相模湾佐島は相洋丸でのサワラだった。
ノブさんと沖藤編集長に取材を任せて、どうにか病院に行ったら、インフルエンザB型との診断だった。
「このときの冬は、やけに不調続きだった。風邪を引いて声が出なくなったと思ったらインフルエンザA型で、それが治った矢先のB型だったんだ。しかもインフルエンザにかかったのはこのときが人生初。『ああ、オレもかかるのか~』と意外だったよ。でもまぁ寝てることしかできないし、あとはノブさんと沖藤さんに任せるしかなかった」
任せられたふたりは撃沈した。
「ヨッシーの分も!」と意気込んだものの、海は甘くなかった。
「ノブさんから『ナブラもなかったしめちゃくちゃ寒かったし、ムリに来なくてよかったよ』と連絡を受けたときは、申し訳ない気持ちと『かわいそうに・・・』という思いでいっぱいだった。
でも正直言うと、『おっ、これは再取材か!?』という期待が一番大きかったかな」
願いがかない、ちょうど1週間後の28日に再取材となった。
すっかり全快していたヨッシーは、いつも以上に真剣な面持ちだった。
「絶対獲らないと・・・!」
熱い思いがナブラを呼び寄せる。
朝から海は盛り上がりを見せた。
落ち着いてミノーをナブラに打ち込む。
すぐにサワラを掛けたが惜しくもラインを切られてしまう。
キャストし直すと、すぐにまたフッキングに成功した。
今度は慎重にヤリトリし、3㎏級のサワラを手にしたのだった。
「うれしかった、というよりホッとしたかな。やっぱり釣らなきゃページが成り立たないっていう緊張感はいつもあるからね。このとき以降、特別に体調管理に気を遣ってる・・・ってことはないけど(笑)、いや、でも、気を付けてるのかな。そういえば去年から風邪も引いてないや」
ちなみにこの日、ナブラがない中で「ちょっと貸してみ」とノブ竹田さんから竿を奪った沖藤編集長は、ミノーをキャストするやシレッと同じく3㎏級のサワラを釣り上げるのだった。
「釣りにおいて『運』とか『持ってる』とかって言うのは好きじゃない。でも、ひとつ確実に言えるのは、ノブさんが『持ってない』ってことかな(笑)」
そしてヨッシーは、しんみりとこう付け加えた。
「この年の11月、相洋丸の鈴木康弘船長が急死されたんだよね・・・。すごくショックだった。サワラ取材の後、みんなでファミレスに行って、くだらない話をして笑い合ったんだ。船長、おごってくれてさ。『ティップランも行きたいです!』なんて話をしてたのに・・・」
自らも釣りが大好きで、「お客さんに釣ってほしい」という思いが人一倍強かった鈴木船長。
あの日、絶妙なタイミングでナブラが湧き、サワラを手にできたのは、ヨッシーの熱意だけではなく、鈴木船長の情熱がそこに重なったからだろう。
「釣りにおいて『運』とか『持ってる』とかって言うのは好きじゃない」
出典:
【相模湾(サワラ船)】人気ランキング
【Episode III 】相模湾のキハダ(2017年7月)ヨッシー&ノブのライトタックルゲームの進!より
年齢を重ねるごとに、「自分が釣りたい」という思いに加え、「みんなに釣ってほしい」という願いが強まっているヨッシーである。
2017年7月19日、キハダ狙いで長井荒崎港の仕立専門船・丸伊丸に乗り込んだのは、ヨッシーと気の合う仲間たちだ。
ボートレーサー、レーシングドライバー、レーシングライダーとそうそうたるメンバーだったが、船の上ではしゃぐ様子はただの釣り好きである。
4時半に出船し、序盤はパヤオ周りでのシイラ狙いだ。
ヨッシーは仲間たちのサポートに徹した。
アドバイスを送り、続ぞくと良型のシイラをヒットさせる仲間たちの取り込みを手伝う。
何よりも仲間の釣果を優先するいい人・・・ではあるが、そればかりではなかった。「このあたりではキハダは出そうにない」という読みもあったのだ。
「キハダはトリヤマが出て、ナブラが起きてナンボという釣り。その瞬間にキャストして初めて、釣りになるんだ。それまでの間は、ひたすら待つしかない。それが分かっていたから、トリヤマに遭遇するまでは仲間たちのサポートをしてたんだ。もちろんみんなに釣りを楽しんでほしいしね!」
そして、そのときがきた。
沖で船長がトリヤマを発見したのだ。
ここぞとばかりにヨッシーがタックルを手にした。
近くに船はいない。
急行する丸伊丸。
ナブラは沈まないどころか、いっそう盛り上がっている。
大きなチャンスだ。
が、ヨッシーは落ち着いていた。
落ち着くことがキハダのキャスティングゲームで最も重要なことを知っていたからだ。
「ナブラに向かい波を蹴立てて船が急行するんだから、テンションが高まるのは仕方ない。でも、焦りは絶対禁物なんだ。後方確認せずにルアーを投げて人にケガをさせたり、つい踏んづけて竿を折ってしまったり・・・。慌てるとろくなことがないからね」
大きなナブラを前にして、ヨッシーは後方確認してからルアーをキャストする。
少し間をおいてフローティングペンシルをしっかり浮かせる。
食ってこない。
ロッドをあおり、ダイブさせて待つ。
ポコンと海面に顔を出すペンシルベイト。
まだ食わない。
もう1度、ダイブさせて、ポコン。
その瞬間、キハダが海面を割った。
右から左へとルアーをひったくるようにして食らいついたのだ。
「30~40mぐらい先だったかな。全部見えてたよ。最高にワクワクするよね!」
掛かりさえすれば、ビッグファイトが約束されているのがキハダ釣りのだいご味だ。
実はこのとき、ボートレーサーの毒島誠さんと、吉川ひとみさん(レーシングドライバー・高木真一さんの妻)のルアーにもキハダが食いついていた。
トリプルヒットだ。
ヨッシーはファイトしながらも、毒島さんの竿が曲がっていることに気付いていた。
だが、吉川さんにもヒットしていることには気付いていなかった。
落ち着いてはいたが、やはりアドレナリンが噴出していたのだ。
「ナブラさえ起これば、いつ、だれにヒットしてもおかしくないのがキハダのキャスティングゲーム。ただ、取材でそれが起きて、しかもトリプルヒットなんて、今振り返っても本当に奇跡だと思う」
ヨッシーが掛けた16㎏のキハダは、5分ほどのファイトで割とすんなり上がってきた。
ヨッシー自身、「あっさりしてたなぁ」と振り返る。
だが、毒島さんと吉川さんは痛恨のフックアウトを喫してしまう。
トリプルヒットしたものの、キャッチできたのは3分の1という確率だった。
「実はね・・・」とヨッシー。
「あのとき、オレだけがシングルフックを使ってたと思うんだ」
毒島さんと吉川さんはフッキングしやすいがフックアウトもしやすいトリプルフックを使っていたのに対し、ヨッシーはルアーの前後にシングルフックを2本ずつ装着し、フッキングはしにくいがバラしにくいセッティングにしていたのだ。
仲間のことを思いつつ、自分の釣りも確実に遂行する。
プロフェッショナルにふさわしい懐の深さを見せた釣行だった。
「ナブラさえ起これば、いつ、だれにヒットしてもおかしくない」
出典:
隔週刊つり情報(2020年7月1日号)※無断複製・転載禁止